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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)1353号 判決

原告 金井英明こと金鎮旭

被告 高山豊

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「一、被告が、仮処分債権者高山豊、仮処分債務者丸山信雄、同岡本正路、同游見広間の、東京高等裁判所昭和三一年(ウ)第一〇二〇号、仮処分命令申請事件につき、同年一二月二八日付仮処分の決定正本に基き、別紙目録記載の各地(但し東南隅とあるを、西南隅とする)に対して為した、仮処分の執行はこれを許さない。二、訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として

一、被告は、請求の趣旨第一項記載の仮処分命令申請事件に於て、東京都杉並区阿佐ケ谷一丁目七九二番の八、宅地六九坪二合三勺(以下本件宅地という)は、被告が昭和二四年九月一五日、原告から、所有権を取得したところ、その地上に

(1)  仮処分債務者丸山信雄が東京都杉並区阿佐ケ谷一丁目七九二番地にある、家屋番号同町五四〇番二、一、木造トタン葺平家建店舗一棟、建坪一三坪五合五勺、実測一、木造瓦葺二階建店舗一棟、建坪一〇坪二合五勺、二階九坪七合五勺の内、向つて右側建坪六坪、二階六坪(以下甲の建物という)を所有し

(2)  仮処分債務者游見広が同所同番地にある、家屋番号同町五四〇番三一、木造土居葺二階建店舗一棟、建坪三坪七合五勺、二階三坪七合五勺、実測一、木造瓦葺二階建店舗一棟、建坪一〇坪二合五勺二階九坪七合五勺の内向つて左側建坪四坪二合五勺、二階三坪七合五勺(以下乙の建物という)を所有し

(3)  仮処分債務者岡本正路が、乙の建物を賃借占有しているので被告は昭和二七年一一月四日、東京地方裁判所に、同年(ヨ)第五八九四号不動産仮処分申請事件に於て、

仮処分債務者岡本正路の乙の建物、同丸山信雄の甲の建物に対する各占有の解除、執行吏保管及びその公示、現状不変更を条件とする債務者等使用の許容、債務者等の占有移転、占有名義変更の禁止、債務者丸山信雄の甲の建物同游見広の乙の建物の各譲渡、質権抵当権賃借権の設定その他一切の処分の禁止を命じる仮処分決定を得、更に同地方裁判所に、右仮処分債務者等を被告として、昭和二八年(ワ)第三三六号建物明渡等請求訴訟事件を提起し、同裁判所は昭和三一年七月二日被告(同事件原告)に対し、同事件被告丸山信雄は甲の建物を、同游見広は乙の建物をそれぞれ収去し、同岡本正路は乙の建物から退去して、その敷地を明渡すべきことを命じる判決を言渡した。

右被告(仮処分債務者)等は、右判決に対し、控訴を提起し、同事件は、東京高等裁判所に、同年(ネ)第一四四四号事件として係属したが、甲乙の各建物は、同年一二月二五日全焼した為、被告(同事件被控訴人)は、同裁判所に、右仮処分債務者等に対する本件宅地への立入禁止の仮処分を申請し、同裁判所は同年(ウ)第一〇二〇号仮処分命令申請事件として、昭和三一年一二月二八日、債務者丸山信雄の別紙目録(A)の土地、債務者游見広同岡本正路の別紙目録(B)の土地に対する、各占有の解除、執行吏保管、債務者等の右各土地への立入、建物その他の工作物の築造の禁止等を命じる仮処分決定を為し、昭和三二年二月一五日、右仮処分決定の内、「東南隅」とあるを、「西南隅」と訂正する旨の更正決定を為した。

二、元来本件宅地は、原告が昭和二三年四月五日、訴外高木芳太郎から買受け、即日、その旨の所有権取得登記を経たが、昭和二四年八月初旬、訴外浅見昭二こと全泰烈に対し、これを担保とする金融を依頼したところ、同人は、被告を保証人として、東都信用金庫から一〇万円を借入れた。しかるに同信用金庫は、原告が、同信用金庫から右借入を為すに際し、同信用金庫に交付しておいた、原告が署名だけをした白紙を被告に交付し、被告は、右白紙を用いて原告の委任状及び原告が同年九月一五日被告に対し、本件宅地を売渡した旨の原因証書を偽造し、即日東京法務局杉並出張所に於て、その旨の所有権移転登記を経た。しかしながら、原告は、被告に対し曾て本件宅地を売渡したことも、代物弁済に因り、所有権を移転したこともないから、本件宅地の所有権及びその占有は、原告に在る。

三、これに加えるに、前記仮処分命令の更正決定は、原告にその頃送達されてから、一四日の期間内に執行されなかつたから、右仮処分決定は、その期間の徒過により、失効した。

四、又、前記東京高等裁判所昭和三一年(ウ)第一〇二〇号仮処分決定は、執行の対象となるべき本件宅地の範囲を、「東南隅」と明示しているに拘らず、東京地方裁判所執行吏長田公麿代理林芳助は、「東南隅」を故らに「西南隅」と曲解して、同年一二月二九日その執行を為した。

よつて原告は、本件宅地に対する所有権及び占有権に基き、前記仮処分決定の執行を許さない旨の判決を求める為、本訴請求に及んだと述べ

証拠として、甲第一ないし第五号証を提出し証人馬場忠雄の証言を援用し、乙第一号証の成立を認める。乙第二号証中、原告(金井英明と表示)名下の印影が、原告の印判によつて顕出されたものであることを認める。その署名の真正なることを否認する。その他の部分の成立は知らない。と述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、原告主張の、

一、の事実を認める。

二、の事実は、本件宅地が元原告の所有であつたこと、原告が昭和二四年八月初旬、全泰烈に対し、これを担保とする金融を依頼し同人が被告を保証人として、東都信用金庫から一〇万円を借入れたこと、昭和二四年九月一五日、本件宅地につき、原告から被告に対する所有権移転登記が為されたことを認める外、全部これを否認する。被告は、昭和二四年九月一五日、原告から、本件宅地の所有権を、代物弁済に因り、取得した。

三、の事実中、更正決定が、原告にその主張の頃、送達されたことを認め、その他の事実を否認する。

四、の事実中東京地方裁判所執行吏が、「東南隅」を故らに「西南隅」と曲解したことを否認し、その他の事実を認める。と述べ証拠として、乙第一第二号証を提出し、証人山田貞次同金達春の各証言を援用し、甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

原告主張の一の事実及び昭和二四年九月一五日原告から被告に対する、本件宅地の所有権移転登記がなされたことは、被告の自白したところである。

原告は、右登記原因となつた売買は、当事者間に成立していなかつたと主張するけれども、この点に関する成立に争のない甲第二第四号証中の原告の各供述記載は措信し難く、他に原告が、本件宅地につき、所有権又は占有権を有することを認めるに足りる証拠資料はない。当事者間に争のない右東京地方裁判所昭和二八年(ワ)第三三六号事件判決によれば、被告が本件宅地につき、所有権及び占有権を有することが、推認せられる。

東京高等裁判所昭和三一年(ウ)第一〇二〇号仮処分決定が、執行の対象となるべき本件宅地の範囲を、「東南隅」と明示していたに拘らず、東京地方裁判所執行吏代理林芳助が、それを「西南隅」と解釈して、同年一二月二九日、その執行を為したこと、昭和三二年二月一五日付の右仮処分決定の更正決定がその頃原告に送達されたことは、当事者間に争のないところである。しかしながら成立に争のない乙第一号証の記載によれば、昭和三一年(ウ)第一〇二〇号仮処分決定に執行の対象となるべき本件宅地の範囲を、「東南隅」と表示したのが、そもそもの誤りであり、そのような範囲に、甲乙の各建物は曾て存在せず、従つてその焼跡も存在しなかつたことは、明であつたから、執行吏代理林芳助は、現場を調査の上、「東南隅」とあるは、「西南隅」の誤記と判断し、「西南隅」に右仮処分決定の執行をしたことが、認められる。

してみれば、同執行吏代理の仮処分決定の執行は、適切な判断に基いたものであつて、決して、違法な執行ということを得ない。原告が、右仮処分決定の更正決定が、原告に送達せられてから、一四日以内に、その執行が為されなかつたから、同仮処分決定は失効したと主張するけれども、その更正決定は、右仮処分決定の明白な誤謬を、訂正したに止まるもので、既に為された右執行吏代理の仮処分決定の執行を、是認する効果を有するにすぎず、その執行とは別個に、新たな仮処分決定の執行を命じたものではないから、原告の主張は、とるに足りない。

それ故、原告の本訴請求は失当として、棄却を免れない。訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文の通り、判決する。

(裁判官 鉅鹿義明)

目録

(A) 東京都杉並区阿佐ケ谷一丁目七九二番の八

一、宅地六九坪二合三勺の内、東南隅一〇坪二合五勺の内六坪

(B) 右宅地の内東南隅一〇坪二合五勺の内四坪二合五勺

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